論文紹介「学習科学の新展開:学びの科学を実践学へ(2014)白水・三宅・益川」②
学習科学の新展開~「発展的達成型」へのパラダイムシフトを目指して
2002年、学習科学の国際学会組織の設立がアナウンスされた学会の閉会式において、KBプロジェクトの開発者であり、セサミストリートの制作にも携わったベレイター教授はこう語った。
学習科学は、「人がここまで学べるものだ」という、これまで誰も見たことのないような学習の事実をまずは打ち立てるべきだ。
21世紀型スキル(ATC21S)プロジェクト
Cisco、Intel、MicrosoftというIT大手3社が主導してスタートした「21世紀型スキルプロジェクト」では、知識基盤社会に必要なスキルを明らかにし、その教育方法と評価方法を開発することがめざされた。
「21世紀に私たちに求められるスキルは何か」「どう育成したらよいか」といった問に対する研究者らの答えは、「1人1人が作り上げていくもの」というものだった。明確な、共通の答えを提示するのではなく、構築していこうとする姿勢が示されたのだ。
21世紀型スキルを同定するのはよい。しかし、その獲得が学習目標としておかれてしまえば、それ以上の発展は望めない。それは、知識の獲得を学習目標としておいていた今までの学習と根本のところでは変わらない。21世紀型スキルも知識も、その活用が目指されるものである、獲得で終わるものではない。
ATC21S白書には、学習を進めていく2通りのアプローチが示されている。
- 後ろ向きアプローチ
明確に定義された教育の大目標から逆算して、そこに向かうための下位目標を設定し、学年ごとに割り振る。教育現場は設定された目標から見て子どものレベルの不足を把握し、差を埋めるよう教育する。 - 前向きアプローチ
子どもの「今できること」「わかること」を出発点に、教育現場がより良い指導法を探し、目標自体も随時更新していく。
現在日本の学校教育において取り入れられているのは圧倒的に前者だ。国が定める学習指導要領があり、その中で提示される目標を達成するために、各学年での目標と学習内容が決まっている。コロナ禍の休校により定められた目標を達成することが難しくなった学校が、夏休みを短縮したり、土曜授業を開催したり、一コマの時間を短縮してでも全コマ数をこなそうとしたりと、2021年1月時点、まさに今現時点で、様々なしわ寄せが生じている。
学習科学の源流BIG3(前回記事参照)のアン・ブラウン教授やスカルダマリア教授らも示していたように、子どもたちはその学年に想定された以上の段階の学習内容を学ぶことも十分に可能であることが分かってきているうえに、むしろ、大目標を細分化した知識を積み上げていこうとする教育が、子どもを無能に見せていた可能性もあるという。
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スカルダマリア教授の所属するトロント大学が持つ実験校には、毎年3割ほど学習支援が必要な児童が入学する。この学校では、小学校1年生の「秋になると葉っぱが赤くなるのはなぜだろう」という呟きを先生が拾い上げて探究へと展開するような授業が展開されている。まさに、子どもたちが今関心を抱いていることに焦点を当て、そこから学びを始めていく「前向きアプローチ」を実践している学校だ。子どもたちが自分自身の現状を俯瞰し、新しい観点を得ることができるような評価方法とも組み合わせた学習を進めた子どもたちは、小学校6年生に上がるころには州統一テストで学校平均90点以上を取るまでに成長したという。
固定された目標を達成するために1つ1つの知識やスキルを積み上げていくのではなく、子どもも教師も成長し続け新しいゴールを見つけ続ける姿が、21世紀型スキル教育の目指す姿の1つだろう。
コロナ禍において議論されるべきは、少人数指導や9月入学といったシステムの話ではなく、学び方そのものなのではないかと考えさせられる。
【論文リンク】
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/21/2/21_254/_article/-char/ja/