論文紹介「学習科学の新展開:学びの科学を実践学へ(2014)白水・三宅・益川」③

ゴールのそのまた先へ~発展的達成型ゴール設定のすすめ

「学習科学」の歴史と展望を14ページにわたって丁寧に追った本論文にしきりに登場する「発展的達成型」というキーワード。

今回はこの「発展的達成型」のゴール設定とはいったいなんなのか、僕なりにまとめて紹介しようと思います。

 

▼改めて、「学習科学」とは

学習科学とは、「人を日常の学びの中で今より賢くするために役立つ実践的な科学」です。

実験室での実験を繰り返すのではなく、日常の中で人がいかに学び、いかに成長していくのかを丁寧に観察することを通じて、人がより賢くなるために、よりよい実践の形を模索し続ける科学が、学習科学です。

 

▼学びのゴール設定を見直さなければならない

人を今より賢くしていく方法を模索し続けてきた学習科学は、ある結論に至ります。

「学びのゴール設定を刷新しなければならない」という結論です。

学びのゴールは長らく一定のものとされてきました。日本の学校教育においては、文科省の学習指導要領により各学年で到達すべきゴールが明確に定められています。教育現場は、それぞれのゴールを達成するために、教科教育を子どもたちに届け、1つ1つの知識やスキルを積み上げてきました。

しかし、この「目的達成型」のゴール設定のもとで進める学習には大きく3つの問題があることが分かってきました。

①学びの主体性が損なわれてしまう。
②学んだ知識やスキルが持続しない
③学び方の学びが生まれない
自分でゴールを設定せずともあらかじめ明確にゴール設定がされていること、それも、自分の興味関心とは関係なく設定されていることは、子どもたちが自分の「もっと知りたい」「解決したい」といった意欲から学びに向かうことを妨げてしまいます。
また、知識やスキルはゴールを達成するためだけの道具となってしまい、ゴールを達成してしまえば意識の中で捨て去られてしまうものともなりえます。
 
さらに著者らは、一律のゴール設定が子どもを無能に見せてしまってた可能性も指摘しています。1人1人、学びのペースも方法も成長速度も違うのに、全員一律で進む学びが、必要以上に子どもたちを低く評価することにも繋がっていたのかもしれません。
 
学習科学は、人が学べることの限界は、年齢によっては決まらないことを明らかにしています。学ぶこと、考えることの限界レベルは、年齢ではなく、持っている知識と経験の量に比例するのだと。1人1人違った知識や経験を持つことは大前提であり、その一人一人がより賢くなっていくためには、ゴール設定の在り方を問い直さなければなりません。
 

▼発展的達成型のゴール設定へ

ここで提唱されたのが、「発展的達成型」のゴール設定です。
学びのゴールはあくまで中継点に過ぎず、到達したら新しいゴールを見つけ、更新し続けるものである。
ゴールをこう捉えなおすことが、人がより賢くなるために必要だと説きます。
 
テストでいい点数を取ること、入学試験に合格すること、そうしたことはどれも、何かその先にあるものを掴むための中継点であることは、考えてみれば当たり前のことです。
しかし、子どもたちが、「その先にある何か」とはいったい何なのか考える機会が不足しているということは、数々の有識者が語っていることでもあります。
自分とは何か、何を達成したいのか。
そう簡単に答えが出るものではない問です。
これがいつの間にか、数字として分かりやすい「成績」を追うことに一生懸命になり、あるいは自信を失っていくような状況が生まれてしまうのは、苦しいことです。
 
学びのゴールは更新し続けるものだとする「発展的達成型」の考え方にシフトすることは、特に今の学校教育になじめない子どもたちにとっての光明となりえます。
はっきりした学びのゴールを定めることができなくても、今自分が好きなこと、知りたいこと、解決したいことを探究していくなかで、「今度はこれが知りたい!」というものがきっと見えてきます。
そうして見出した新しいゴールを追究し、さらに新しいゴールを見出していく。
それを繰り返す中で、自分の進みたい道が見えてくる。
思いもよらなかった未来に繋がっていくことも、あるかもしれません。
 
そしてそれが、人がより賢くなるために必要な学びの在り方だというのですから。
 
 

次回予告

発展的達成型のゴール設定による学びを、実際に不登校傾向のある子どもたちに届けてきた方々がいます。 

「異才発掘プロジェクト」を2014年より実施してきた、東京大学先端科学技術研究センターの中邑研究室の教授陣です。

実際の学習活動を紹介しながら、その効果を分析した論文「不登校児童・生徒における活動をベースにした学びの可能性」を、紹介していきます。

 

 

【論文リンク】

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/21/2/21_254/_article/-char/ja/

論文紹介「活動から教科を学ぶABSL(Activity Based Subject Learning)の提案」(2019)福本・高橋・中邑

教育を語る文脈の中で、「アクティブラーニング」や「PBL(Project Based Learning/Problem Based Learning)」という言葉が、最近よく聞かれます。

共に、ただ知識を身に着けるのではなく、知識を能動的に活用していくことを目指す学習方略ですが、ここに新たに、ABSLという学習方略を提唱するのが、本論文です。

ABSLについて、著者らは以下のように述べています。

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現在の日本の教育現場で行われている教育は、教科の学習内容を1つ1つ獲得していくことを目指す、「基礎から積み上げていく学び」だと言えます。この学びの中では今自分が学んでいる教科内容が実際に何に役立つのかが見えにくいために学習の動機付けが弱まってしまうだけでなく、全員同じペースで学ぶことを良しとすることで構造的に「ふきこぼれ」や「落ちこぼれ」てしまう子どもを生み出してしまいます。

そうではなく、日常生活と繋がる活動、例えば「真っ白な小麦粉を100g作る」や「身の回りに潜むセンサーを探す」などの活動から学習をスタートし、その活動に紐づくさまざまな教科内容を、教科の壁も学年の壁も超えて縦横無尽に学んでいく。それも、時間や場所や教科書といった制約を取っ払って。ABSLは、そんな学びの形です。 

 

ABSLは、現実社会で日常的に起こっている現象と教科活動を結び付けていくことで実現する学びの形です。カリキュラムに精通している現場の教員こそ、これができる方々であり、現場の教員にABSLの考え方、方法を届けていくことを、著者らは目指しています。

本論文では、ABSLのプログラムを組み立てる具体的なステップが示されています。

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このステップを踏んで著者らが実際に組み立てたプログラムも、本論文では紹介されています。その名も、「未来の科学者集まれー森の神秘を科学するー」というプログラムです。

このプログラムでは、「センサー」をテーマに選定し、アナログとテクノロジー、人と動物と植物、過去と今と未来といった視点を行き来しながら、教科内容に降りていく活動を、2日間かけてじっくり行いました。

論文で紹介されていたプログラムの一部が下の表です。

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福本ほか(2019)より一部抜粋

「センサー」というテーマに沿った問やミッションに、レクチャー・議論・探索活動・観察といった様々な方法で取り組んでいく中で、小学3年生の社会から、中学2年生の理科まで、様々な教科内容に降りていく活動だったことが分かります。

このプログラムを通して、ABSLの2つの可能性が主張されます。

1つ目は、1つのプログラムの中で、活動形態を様々に変えることで概念の抽象と具体を行き来する状態が生じ、知識を活用する力が育まれていく可能性。

2つ目は、時間や教科書といった制約がないことが、子どもたちが「発展的達成型」のゴール設定をして学びに向かうことを可能にする可能性です。

「発展的達成型」のゴール設定とは、なにか学びたいこと、解決したいことがあった時に、それを学び、解決して終わるのではなく、そこからさらに学びたいこと。解決したいことを発見していくような学びの在り方に導くものです。

「目的達成型」のゴール設定が、この対義語になります。

 

未来は予想することができません。変化し続けるこれからの未来を生き抜くためには、自ら学びたいこと、解決したいことを見出し、問を見出し、学び続けていくことが必要です。

ABSLはそんな姿勢を育てていくために、有効な手段だと言えるでしょう。

 

 

 

【論文リンク】

https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2019/proceedings/pdf/JCSS2019_P2-4.pdf

論文紹介「学習科学の新展開:学びの科学を実践学へ(2014)白水・三宅・益川」②

学習科学の新展開~「発展的達成型」へのパラダイムシフトを目指して

2002年、学習科学の国際学会組織の設立がアナウンスされた学会の閉会式において、KBプロジェクトの開発者であり、セサミストリートの制作にも携わったベレイター教授はこう語った。

一般市民が「学習の問題」として思い浮かべるのは、「新聞が読めない」「計算ができない」「作文が書けない」など若い人に対する欠損指摘であり、学習がうまくいったときに人がどれほど賢くなれるのかという究極の「解」をイメージしたうえでの「問題」ではない。
学習科学は、「人がここまで学べるものだ」という、これまで誰も見たことのないような学習の事実をまずは打ち立てるべきだ。
教育におけるゴール設定を、目標達成型のゴールから、発展的達成型のゴールへとパラダイムシフトさせていこうとする意志が、強く表れた言葉だ。学習ゴールをある固定された時点においてしまうことは、人の可能性に上限を設けてしまうということ。そうではなく、「人は無限に賢くなることができる」という前提に立ち、学習ゴール自体もどんどん高次なものへと更新し続けていくのだと。
学習科学の研究者たちは、それぞれの研究フィールドである教育現場で成果の上がる実験を行い、行政の信頼を得て、スケールアップを目指してきた。その中でやはり障壁として立ち上がったのが、「学びのゴールを設定して教育・評価する」という根強い信奉だった。
そこで、この考え方を根本から変容させていくための試金石となり得るプロジェクトが誕生したのだ。
 

21世紀型スキル(ATC21S)プロジェクト

CiscoIntelMicrosoftというIT大手3社が主導してスタートした「21世紀型スキルプロジェクト」では、知識基盤社会に必要なスキルを明らかにし、その教育方法と評価方法を開発することがめざされた。

「21世紀に私たちに求められるスキルは何か」「どう育成したらよいか」といった問に対する研究者らの答えは、「1人1人が作り上げていくもの」というものだった。明確な、共通の答えを提示するのではなく、構築していこうとする姿勢が示されたのだ。

21世紀型スキルを同定するのはよい。しかし、その獲得が学習目標としておかれてしまえば、それ以上の発展は望めない。それは、知識の獲得を学習目標としておいていた今までの学習と根本のところでは変わらない。21世紀型スキルも知識も、その活用が目指されるものである、獲得で終わるものではない。

ATC21S白書には、学習を進めていく2通りのアプローチが示されている。

  1. 後ろ向きアプローチ
    明確に定義された教育の大目標から逆算して、そこに向かうための下位目標を設定し、学年ごとに割り振る。教育現場は設定された目標から見て子どものレベルの不足を把握し、差を埋めるよう教育する。

  2. 前向きアプローチ
    子どもの「今できること」「わかること」を出発点に、教育現場がより良い指導法を探し、目標自体も随時更新していく。

 現在日本の学校教育において取り入れられているのは圧倒的に前者だ。国が定める学習指導要領があり、その中で提示される目標を達成するために、各学年での目標と学習内容が決まっている。コロナ禍の休校により定められた目標を達成することが難しくなった学校が、夏休みを短縮したり、土曜授業を開催したり、一コマの時間を短縮してでも全コマ数をこなそうとしたりと、2021年1月時点、まさに今現時点で、様々なしわ寄せが生じている。

学習科学の源流BIG3(前回記事参照)のアン・ブラウン教授やスカルダマリア教授らも示していたように、子どもたちはその学年に想定された以上の段階の学習内容を学ぶことも十分に可能であることが分かってきているうえに、むしろ、大目標を細分化した知識を積み上げていこうとする教育が、子どもを無能に見せていた可能性もあるという。

 

edible-education.hatenablog.com

 

スカルダマリア教授の所属するトロント大学が持つ実験校には、毎年3割ほど学習支援が必要な児童が入学する。この学校では、小学校1年生の「秋になると葉っぱが赤くなるのはなぜだろう」という呟きを先生が拾い上げて探究へと展開するような授業が展開されている。まさに、子どもたちが今関心を抱いていることに焦点を当て、そこから学びを始めていく「前向きアプローチ」を実践している学校だ。子どもたちが自分自身の現状を俯瞰し、新しい観点を得ることができるような評価方法とも組み合わせた学習を進めた子どもたちは、小学校6年生に上がるころには州統一テストで学校平均90点以上を取るまでに成長したという。

固定された目標を達成するために1つ1つの知識やスキルを積み上げていくのではなく、子どもも教師も成長し続け新しいゴールを見つけ続ける姿が、21世紀型スキル教育の目指す姿の1つだろう。

コロナ禍において議論されるべきは、少人数指導や9月入学といったシステムの話ではなく、学び方そのものなのではないかと考えさせられる。

 

【論文リンク】

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/21/2/21_254/_article/-char/ja/

論文紹介「学習科学の新展開:学びの科学を実践学へ(2014)白水・三宅・益川」①

学習科学の源流BIG3をたどる!

学習科学とは、人が今よりも賢くなるための方法を、実践を通じて解明しようとしてきた学問だ。今までに多くのプロジェクトが立ち上がり、子どもの潜在的な力を引き出すことに成功してきた。

学習科学では、問題を解いて終わりではなく、そこから新しい問題を見出していくような学びの在り方が重視されている。テストや入学試験のような一過性のゴールではなく、よりハイレベルな、本質的な、発展的なゴールへと導くようなゴールを設定すること。「目標達成型」ではなく、「発展的達成型」ゴールを設定することが、子どもたちが自分から進んで学び続け、成長していくことを助けるのだという。

学習科学は、認知科学の領域において1970年代以降じわりじわりと形成され、2000年頃に、1つの研究領域として打ち立てられるに至った。

今回は、学習科学の胎動期に活躍した研究者たちを紹介していこう。

 

アン・ブラウン(Ann Brown):FCLプロジェクト

アン・ブラウンは、文章の読み方を仲間と共に確かめ合いながら獲得していく「相互教授法」や、1つの文章を分担して読んで持ち寄る「ジグソー学習法」など、いくつかの学習方法を組み込んだFCL(Fostering Community of Learners)プロジェクトを1980年代に展開した。

「平原から餌とする動物がいなくなったら、チータは絶滅するか、赤ちゃんのチータはどうなるか」「砂漠や、ある惑星の環境に適応する動物をデザインする」

FCLプロジェクトの中で子どもたちが取り組んだこうした問題は、子どもたち一人一人が自発的に次に学びたいことを発見していくことを意図されたものだった。実際にこのプロジェクトで学んだ子どもたちは、活用できる知識や読み書きの力を身に着けただけでなく、学ぶ技術も身に着けることができたという。

認知科学は「人は思考や問題解決について無限に賢くなることができる」とする科学だ。アン・ブラウンもまた、経験値によって子どもが学年を超えた学習内容を理解することも可能になることを、自身の実践を通じて明らかにしていった。

 

ジョン・ブランスフォード(John Bransford):ジャスパープロジェクト(The Jasper Project)

日常的な問題解決に関心を寄せていたジョン・ブランスフォードは、1984年に「IDEALサイクル」を発表した。現代普及しているPDCAサイクルと近しい方法論であるが、”Identify problems and opportunities”をサイクルの最初に置いているところに、その先見性が現れている。日常的な問題解決は、その問題を自ら発見することから始まっていく。今の私たちは、どれだけそれを行っているだろうか。問題の発見はどこか他人事になってはいないだろうか。

日々の生活の中に、いくらでも賢くなることのできる機会が転がっているのに、それを活用できている人が少ないことを感じていたジョン・ブランスフォードは、学校教育の中にIDEALサイクルを持ち込んだ。そこで立ち上がったのが、ジャスパープロジェクトだった。

ジャスパープロジェクトは、教育困難校の小中学生を対象に、ドラマ仕立てのビデオ教材を多用して、算数・数学の問題解決能力を育成しようとするプロジェクトだ。ジャスパー・ウッドベリーという主人公がドラマの中で様々な困難に直面する。子どもたちは、例えば「傷ついたワシを救うための最短移動経路を求める」といった問題を自分たちで設定し、主人公が直面する困難の解決を目指していく。

ジャスパープロジェクトで学んだ子どもたちは算数・数学の知識を身に着けただけでなく、そうした知識が使えるんだという実感から、学習意欲を高めるに至った。

仲間と協働することで、一言でIDEALサイクルといっても様々な考え方があることに子どもたちが気づいたことも、その成果だった。

 

スカルダマリア&べレイター(Scardamalia & Bereiter):知識構築プロジェクト

作文には二つの型がある。知っていることを書き出す「知識伝達型」と、下記ながら自身の知識を作り変える「知識変容型」だ。子どもたちが「知識変容型」の作文を書けるよう、様々な実践を重ねていたスカルダマリアとベレイターは、知識は話したり書いたりする中でどんどん作り変わっていくものだとする「知識構築」の考え方を学校文化の中に取り込んだ。

この知識構築プロジェクトでは、クラス全体で共有した問題を、シミュレーターや作文モデルを使うことのできるネット上の掲示板に作文しながら解決していく。

シェークスピアの時代に夜に上演されていた劇が月明かりで見えたのか」「中世の城の敵からの防衛方法」といった問題に取り組んだ子供たちは、時に学年を超えたレベルの学びに繋がることもあった。

 

 

【論文リンク】

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/21/2/21_254/_article/-char/ja/